アメリカズカップ・スペシャル・レポート10

2010年2月15日

2月14日 バレンシア

スペイン時間18時30分少し過ぎに、第33回アメリカズカップ・マッチの第2戦が終わり、BMWオラクルレーシングの挑戦艇〈USA〉が2勝目を上げた。

この結果、アメリカズカップは、15年ぶりに米国に戻ることになった。

マッチレースとしては、挑戦艇スキッパーのジェームズ・スピットヒルと防衛艇スキッパーのエルネスト・ベルタレッリの間に力の差がありすぎて、お粗末の一言に尽きるレースだったが、2年間にわたる両者の戦いを俯瞰すると、とても見応えのあるゲームだったとも言える。

これから記者会見に顔を出したり、あと数日こちらに滞在して、いろんな関係者たちからできるだけ多くの情報を仕入れ、最終レポートにまとめたいと思う。

今回のアメリカズカップの詳細のレポートは、ヨット専門誌の『KAZI』とマガジンハウス社の『Tarzan』に書かせていただく予定。できるだけ頑張って面白く書きますので、ぜひ読んでください。(レポート/西村一広 http://www.compass-course.com

アメリカズカップ・スペシャル・レポート9

2010年2月14日

フィニッシュ後の挑戦艇〈USA〉。ウイングは前後レーキ左右カンティング、自在に、素早く動かすことができる(photo by Kazu Nishimura)

2月12日 バレンシア その2(第1レースのつづき)

ファーリングしていたジブをやっと開くことができた〈USA〉はコントロールを取り戻し、ポートタックでスタートラインに戻ってスタートできたが、そのときには〈アリンギ5〉は、すでに風上への高さに換算して400メートル以上も先を走っていた。

〈USA〉が、センターハルを浮き上がらせて猛然と〈アリンギ5〉を追い始める。

〈アリンギ5〉の走りが重そうなのに比べると、僅か6ノットから10ノットの風の中で、〈USA〉は鳥のように軽やかに、しかし怖いような迫力でセーリングする。何分もしないうちに、少なくともこのコンディションでは、〈USA〉のほうが〈アリンギ5〉よりも圧倒的に速いことを多くの人が理解した。

あっという間に〈USA〉が、400メートルの距離を詰める。

しかも、アウターエンドからポートタックでスタートした〈アリンギ5〉に対して、スタートラインのずいぶん右側で同じくポートタックでスタートした〈USA〉のはずなのに、〈アリンギ5〉に追いついたときには、〈アリンギ5〉のかなり風上側で並んだ。

スピードだけでなく、高さ性能でも勝っているのだ。

そのままのペースをキープして〈アリンギ5〉の前に出た〈USA〉だが、防衛艇との高さの差が300メートルを超えたところで、それまでより風速が上がったようには見えないのに、まるで予定した行動のようにジブを降ろした。

この日の風はシフトもパフも非常に不安定だった。これ以上リードを広げて、相手艇と違うかもしれない風のエリアに入っていくのは危険だと考えた、としか理由が考えられない挑戦艇の行動だった。

ウイング一枚だけの〈USA〉は、それでもジワジワとスピードで前に出て、高さの差も広げていく。これはもう、誰が見てもクローズホールドでの勝負はあった。ダウンウインドで、どういう展開になるか、が次の興味だ。

しかし、ダウンウインドになってもほとんど見かけの風の方向が変わらずに「飛び」続ける2隻の大型マルチハルの間に、アップウインドとダウンウインドで劇的な差があるとは考えにくい。

しかも、この日〈アリンギ5〉は微風用のストレート・タイプのダガーボードを装備している。これはクローズホールドで効率がよくても、ダウンウインドではなんらの利益をもたらさない。

3分21秒差をつけて風上マークを回った〈USA〉は、ダウンウインドではさらに凄みを増す走りを見せ、追いすがろうとする〈アリンギ5〉を置き去りにしていった。追いかけるのをあきらめたのか、〈アリンギ5〉は風上側のハルからウォーターバラストの海水を排水している。

スタート前、まだ元気だったときの防衛艇〈アリンギ5〉(photo by Kazu Nishimura)

この日バレンシア沖にいたみんなが、「口をあんぐりとさせて」このレースを目撃した。空飛ぶ〈USA〉は、正直、笑いたくなるくらい速かった。

公式のフィニッシュでの時間差は15分28秒。

〈アリンギ5〉はフィニッシュラインでペナルティーターンをするためにラフィングしたときに、フィニッシュラインのコース側まで完全に戻ることができないままタッキングして、ベアウエイして帰ろうとしたが、ペナルティーを解消したというサインが出ないために、5分ほどラインの近くをウロウロした末に、やっとフィニッシュした。(レポート/西村一広 http://www.compass-course.com

手前がアリンギのボス、エルネスト・ベルタレッリが所有する〈Vaue〉。向こうに見えるのが〈ライジング・サン〉(photo by Kazu Nishimura)

これが、今回のレースのマークになる。少し滑稽だ(photo by Kazu Nishimura)

アメリカズカップ・スペシャル・レポート8

2010年2月13日

2月12日 バレンシア その1

第33回アメリカズカップ、第1レース。結果は〈USA〉の勝利となった。

朝9時30分。この朝も、BMWオラクルのドックアウトに招待され、約束したBMWオラクルのコンパウンドの前で待つ。

出艇は、レースコミッティーからの要請で2時間遅れた後、さらに2時間遅れることになっていた。だから、この日はぼくも、朝5時45分、7時45分、と2度もBMWオラクルのコンパウンドまで出直したのだった。

しかし、その後レースコミッティーから、速やかに海上に出て待機してほしいとの要請がチームにあって、〈USA〉とクルーは急遽出航を1時間早めたらしい。

そのことをBMWオラクルのコンパウンドにやってきた福ちゃん(早福和彦さん)から教えてもらう。福ちゃんも家でのんびりしていたら観戦艇が先に出てしまったらしく、慌てて家族用の観戦艇に乗せてもらいに来たとのこと。

おかげで助かった。さもなければ、〈USA〉の出艇は見られない、メディアボートにも乗り遅れる、というみっともないことになるところだった。

10時00分 出航直前のメディアボートに飛び乗る。

10時30分 海に出る。ポート・アメリカズカップの出口が、出て行くボートで混み合っていて、水路を抜けるのにえらく時間を食う。

港を出たメディアボートは一路、北東へとひた走る。東からの大きなうねりが残っている。

風は南西、10ノットほど。

10時45分 沖に出るに従って風は右にシフトし、同時に弱くなっていく。うねりは依然大きく、1.5mくらい。時折2.5mくらいの大きなのがセットで入ってくる。

10時50分 風は北まで回った。

11時00分 風がパッチーになってきた。

11時05分 風がなくなった。

11時15分 うねりだけが残る、とろりとした海。南の水平線がキラキラしているのは、来る風ではなく、ちょっと前まで吹いていた北東風の後ろ姿だろう。

11時30分 南西から、弱いが新しい風が入ってきた。東からのうねりの中、カタマランのメディアボートは、派手にピッチングしながら北東に向かって走り続けている。

11時45分 南西風が安定してきた。船内のモニターでTV中継が始まった。

12時00分 南西の風は12~13ノットに上がり、安定してきた。

この風でレースを行なうとしたら、このメディアボートはスタート/フィニッシュエリアにいることになる。そうなればラッキー。レースができそうな予感。これで、沖から高いマスト2本を含む船団がこちらにやってきたら、決まりだ。

12時30分 2時間走り続けたメディアボートが止まった。

ほぼ同時に、白い色が鮮やかなウイングマストの〈USA〉と、〈アリンギ5〉を囲むようにしてレース運営船団が沖からやってきた。れしいな。期待通りの展開になってきたぞ。

〈USA〉のウイングに比べると、ちょっと前まで最先端だった〈アリンギ5〉のスクエアヘッドのカーボン製メインセールが、ひどく時代遅れのものに見える。

12時45分 吹き始めから少し左に回った南南西風が、少し落ちてきた。やだよ、困るよ。頑張って吹いてくれよ。

〈USA〉は、ほとんど止まっているようなスピードでもタックできる。ウイングをすごく後傾させて、ウエザーヘルムで艇を回しているように見える。

近くをセーリングしている普通のヨットの走りから判断して、風速は6ノットから8ノットくらい。

13時45分 風は止まらないが、上がらない。

TVが、コミッティーボート上で、アゴをさすりながら「考え中」のハロルド・ベネット(レース委員長)の顔をアップで映す。プレッシャーかけられているな、TVから。かわいそう。

14時00分 コミッティーからレース艇やメディアボートにVHFで、「我々はスターティング・プロシージャーを始めるつもりはない。延期を続ける」と伝えられる。

風はさらに左に回り、南になった。

14時20分 コミッティーボートから、「延期信号を14時24分に降下する」との連絡。

14時25分にアテンション信号

14時29分に予告信号

14時30分に準備信号

14時35分、スタート

の手順になる。

コンパス方位180度でコースをセットする。「繰り返す、14時24分に延期信号を…」というVHFが入る。メディアボートや周囲の観戦艇が、歓声と拍手で包まれる。

いよいよスタート!

いよいよ第33回アメリカズカップが始まる。ドキドキしてきた。

14時30分 〈USA〉がセンターハルをフライさせ、25ノットくらいのスピードで、本部船側から猛然とエントリーする。

「猛然と」という表現が相応しいくらい、猛々しい。空飛ぶ恐竜を思い出す。もはや、これはヨットではない。

「〈USA〉はウォーターバラストなしで、7ノットの風でセンターハルをフライさせることができる。ウォーターバラストを積んでも、8ノットの風でフライする」というイアン・キャンベル(長くサウザンプトン大学のウォルフソン研究所にいて、アメリカズカップ艇の開発に携わった人で、前回のアメリカスカップではルナロッサに所属)の予想があったが、まったくその通りのセーリングを見せている。

スタートラインのポートエンドよりも3艇身ほど風下に下げた位置に打たれたポート側のエントリーマーク(この方式はRC44のレースでも使われる。スターボエントリー艇の有利性を少しでも減ずるための方法)から入った〈アリンギ5〉はその〈USA〉のスピードを見て、逃げ切れないと判断して、バウを上げて〈USA〉に向かうが、何か、肉食獣の目に射すくめられた草食動物のように、ポート艇として避航動作をしているフリをアンパイアに見せることも忘れて、そのまままっすぐ〈USA〉に向かった後、急にラフィングして〈USA〉のステディーコースの正面にポートタック艇としての横腹を見せる。

〈USA〉は数艇身以上前からコースをキープして〈アリンギ5〉に向かう。そして、風位は超えたものまだタッキングが完全に終わらない〈アリンギ5〉の1艇身前でラフィングし、非権利艇との衝突を避けたことをアピールして、ジョン・コステキがY旗を振り上げる。このレースのアンパイア・チームだけでなく、マッチレースを知っている者なら全員が納得する〈アリンギ5〉のペナルティーだ。

〈USA〉は思いもかけず転がり込んできたチャンスを生かし、ペナルティーを取ることを優先したため、スタートライン上での棋面は、〈USA〉が〈アリンギ5〉に近すぎる位置で、頭を出しすぎている、「ダイアルアップ崩れ」の様相となる。

ここで、〈USA〉のプライマリーウインチにトラブルが発生し(詳細は明らかにしてくれなかった)、ジブの操作ができなくなり、〈USA〉はコントロール不可能の状態になった。

〈アリンギ5〉はその隙に行き足をつけてアウターエンドを回ってジャイブし、ポートタックでスタートする。(つづく。 レポート/西村一広http://www.compass-course.com

アメリカズカップ・スペシャル・レポート7

2010年2月11日

2月11日 バレンシア

今回のアメリカズカップのレースの予告信号は10時に発せられることになっている。

冬の朝10時6分にスタートとなると、関係者一同、夜明け前からもそもそ動き始め、レース艇の出艇は、まだ暗い7時前になる。日本のインカレの学生たちよりも早い。

バレンシアの夜明け(photo by Kazu Nsimura)

毎朝見るバレンシアの光景は、だからこの写真のような時間帯になる。

さて、今日はレイデイ。

アメリカズカップのレースに関しては何も起きません。

ワタクシも、今日はレースそのもの以外のお仕事関係の調べ事と、ラッキーであれば、〈USA〉がセーリングに出て、それをサポートボートに乗せてもらって見る予定。

ちょこっとトオマケ

なので、今日の日記はここまで終わりますが、記録したことの整理を兼ねて、ちょっとオマケを。

これは、昨日〈USA〉のスキッパー/ヘルムスマン、ジェームズ・スピットヒルの話をBMWオラクルのコンパウンドに聞きにいった時に見つけた〈USA〉の精巧なモデル。すごく精密だ。この凝り様からすると、きっと2007年の横浜国際ボートショー出展用にと、RC44の模型制作を依頼したオランダのメーカーのものに違いない。あのRC44の模型は、ラッセル・クーツもすごく気にいっていた。

(photo by Kazu Nishimura)

あのRC44の模型の制作料が当時2万ユーロ強だったから、それからすると、この〈USA〉のモデルは、発注主も発注主であることだし、J24の新艇より高価であることは間違いなさそうだ。

凝りに凝ったこの模型のおかげで、ウイングがどのように立てられているのか、フラップをどのようなシステムで動かしているのか、をおおよそ理解できた。

下の写真は、2月8日、〈USA〉が浮かんでいるBMWオラクルの仮設ベースキャンプにあったフロートの船台、というか受け。

(photo by Kazu Nishimura)

後ろに案内係のお姉さんがソワソワしながら待っていて、「もう帰りのバスが出るよ」とせかすので写真がブレてしまったが、フロートの断面形状が分かる。かなり小さい。

BMWオラクルレーシングでは、技術陣は〈USA〉のフロートのことをAma と呼び、センターハルのことをVakaと呼ぶ。

アマはポリネシア語でアウトリガーカヌーのフロート、もしくはダブルハルのカヌーの場合は左舷側の船体を指す言葉だ。ヴァカ若しくはワカ若しくはワタは、広く太平洋の航海民の間では「カヌー」を指す言葉だ。

ついでに言うと、日本神話に出てくる海の神である「わたつみ」は、ポリネシア語では「木のカヌー」の意にもなる。

BMWオラクルレーシングが、ポリネシアの船用語を用いていることに興味が沸く。〈USA〉のフロートが、ポリネシアのアウトリガーカヌーのフロートを思い起こすほど細くて華奢だからだろうか?

下の写真は、アリンギのパブリック・スペースの入り口にモニュメントとしておかれている〈アリンギ5〉のS字型ダガーボードの旧モデル。

写真に写っている内側(海中に入っていくと上側になる)面のキャンバーが裏側よりも大きく、先端部が上向きの揚力を、中間部が風上側への揚力を発する形状になっている。一人ではとても持ち上げられないくらい重い。

(photo by Kazu Nishimura)

(photo by Kazu Nishimura)

(photo by Kazu Nishimura)

右の写真が、ダガーボード上部にある、ボード上げ下げ用のシステム。ダガーボード内にセンサーが埋め込まれているらしく、ケーブルが何本かボード内から出てきていた。

(レポート/西村一広  http://www.compass-course.com

アメリカズカップ・スペシャル・レポート6

2010年2月11日

2月10日 バレンシア その2

実はまだ、海に出ていない。

ポート・アメリカズカップの陸上本部に、アンサリング・ペナント、APが掲揚されている。防衛艇、挑戦艇、ともに出艇していない。

アンサリング・ペナントが降下されてから3時間以降に予告信号が発せられる。今吹いている北風が落ちてシーブリーズが入ってくる、という予報と、今の北風は落ちない、という、矛盾する2つの予報があるらしい。また、今の問題は風そのものではなく、昨日から吹き続けた北風によるうねりが大きいことなのだという。

午前10時を過ぎたが、気温は夜明けの頃よりも逆に下がってきているように感じる。これだけ寒くて、シーブリーズが入ってくるものなのだろうか?

2月10日 バレンシア その3

現地時間正午。

陸上本部の屋上のフラッグ・ポール。アンサリング・ペンダントの下に、Aが揚がった。本日予定されていた第1レースは、再び次レース日に延期されることが決定した。ガクッ。(レポート/西村一広 http://www.compass-course.com

さみしく翻るAP旗(photo by Kazu Nishimura)